僕の20歳は、「人生」っていうバンドをやりながら東京で一人暮らしをしてて、医療系の専門学校を中
退した年ですね。臨床検査技師の勉強をする学校だったんですけど、1年目の途中であんまり行かなくなって、2回目の1年生の夏に、ドラクエ
のやり過ぎで辞めたんです。辞めたからといって地元の静岡に帰っても仕方ないし、仕送りを止められたので、バイトとバンド活動に明け暮れてました。あ、明
け暮れてはいないですね。バイトをそこそこやりながら、あとは遊んで暮らしてました。すいません、ちょっと自分を良く言おうとしちゃって。お恥ずかしい。
このころは幡ヶ谷のワンルームマンションに住んでました。いまもバンドを一緒にやっている(石野)卓球が笹塚に住んでいて、ちょうどその中間地点に練習ス
タジオがあったんです。当時はインディーバンドブームで、僕らも雑誌に取り上げてもらったりして、幾ら
か知名度はあるインディーバンドっていうようなポジションでしたかね。
仲の良い友達と始めたバンドだから面白かったですけど、僕は部活みたいな感覚でやってましたから、とうていそれで食っていくってことを思いつくはずもな
く、とくに将来のことも考えずに基本毎日ぷらぷらしてたんです。夢中でガチャガチャをやり過ぎちゃったり、CDをジャケ買いして失敗したのが痛いとかで、
明日の晩ご飯代がないみたいなことはありましたけど、そういう無目的な若者でもなんとかやれる土壌があったというか、都市の遊びの部分に上手くハマってた
んだと思いますけどね。
ただ21歳になるころ、インディブームからバンドブームみたいなものに変わっていって、僕らのバンドでやれることも飽和していたので、「人生」は解散した
んです。
当時はちょうどテレビで深夜放送が始まったぐらいのころで、よくバンドのPVが流れてました。「人生」を辞めて僕はもうバンド活動はしないと思ってたか
ら、それを見て、PVの監督になりたいなぁと思ったんですね。それで知り合いが紹介してくれて、バイトで四谷三丁目にある小さな映像制作会社に入ったんで
す。
そこは、地方のCMや企業の宣伝用の映像とか、そんなにメジャーじゃないバンドのPVを作ったりする
ような会社でした。20歳そこそこの小僧が見る世界としては、高価な機材とか目新しいものがいっぱいあるし、撮影の現場で「本番!」みたい
な感じがすごく面白かったですね。ただ会社が小規模なので、現場に付く下っ端が僕一人しかいないんですね。教えてくれる人もいないのに、現場はどんどん進
んでいくわけですから、とにかくしんどかったです。辛くて泣きましたもん。夜中に帰って、当時一緒に住んでた彼女に「仕事が辛い」つって「うぇーん」って
泣いて、その45分後には「仕事行かなきゃ…」って言ってたりとかね。
そこで働き始めてしばらくしたら、卓球から連絡があって「こんど電気グルーヴっていうユニットを新しくや
ろうと思うんだけど、お前もやんない?」みたいなことを言ってきたんです。なんでまた俺を誘うのかなと思ったんだけど、「良いよ。でもこれ
は完全に趣味で、部活みたいにやっていこう」って言って、電気グルーヴの活動を始めたんです。
それで2回目か3回目のライブを見たソニーの人から声をかけられて、呼び出されて新宿の寿司屋に行ったら「君たち、プロでやる気はないの?」って言われた
んです。そりゃ、やりますよね。だって、部活でお金くれるんですから。とは言っても、条件は月給10万円。ザッツオール(笑)。
ただこのとき、僕は、制作会社の人たちにはお世話になってるし、少人数の制作体制で自分が抜けることの意味が分かってました。かといって二足のわらじはと
うていムリですから、最終的には上司に「こういう話があって、すごく迷ってるんです」って切り出したんですね。そうしたら、「若いんだから、絶対音楽の方
に行った方が良いよ」って背中を押してくれて、それでデビューすることに決めたんです。僕個人としては「どうせこんなバンド、ポシャるだろうから(笑)、
まあ、3年ぐらいプロのミュージシャンの世界を見てきても、いま21歳だから24歳。まだいけんな」っていうのでデビューしたみたいな感じでした。だから
プロになったっていう自覚はあんまりなかったんですけどね。
すぐにレコーディングだってことで「マンチェスターとニューヨーク、どっちがいい?」って言われたんで
す。「さすがソニー。金持ってんなぁ」みたいな感じでマンチェスターに行くことにしました。昔から好きだったニューウェーブとかギターポッ
プみたいなものはマンチェスターのやつが多かったですからね。向こうに2ヶ月ぐらい滞在してファーストアルバムを作りました。当時「マッドチェスター」っ
て言葉があって、マンチェスターが狂ってた時期の後半で面白かったですね。ライブを見たりクラブに行ったりすると、イギリス人にもゆるいやつとかメチャク
チャなやつがいて、刺激はいっぱい受けましたね。まあ、こちらは21歳でなんも考えてないですからね。それはねぇ、そんなやつを自由にそういうところに行
かせたら、やっぱり何色かに染まりますよね(笑)。
電気グルーヴはふつうのバンドと違って、主要な旋律はだいたい機械が出してくれるわけですよ。だから練習よりは、ライブの日のテンションの方が大事だった
りするタイプのバンドだったんです。僕は楽器をやるわけじゃなくて、たまにマイクを持ってがなったり、まあ歌ったり、歌を間違えたり、歌わなかったりとか
もしますけど、ほとんどステージに出てフラフラしてるだけなんです。バンドって遊びの側面があるじゃな
いですか。僕の感覚としては、その遊びみたいなことをずっと続けてるのに近かったんですけどね。まあ客の盛り上がり加減を見ては「今日はも
うちょっともっていけたのにな」って思うことはあったけど(笑)。だいたい、僕を見てるとは思ってなかったですもん。みんな卓球とかを見てて、たまに見ら
れてる箸休め的な感覚でやってましたから。
僕の20歳は、「人生」っていうバンドをやりながら東京で一人暮らしをしてて、医療系の専門学校を中
退した年ですね。臨床検査技師の勉強をする学校だったんですけど、1年目の途中であんまり行かなくなって、2回目の1年生の夏に、ドラクエ
のやり過ぎで辞めたんです。辞めたからといって地元の静岡に帰っても仕方ないし、仕送りを止められたので、バイトとバンド活動に明け暮れてました。あ、明
け暮れてはいないですね。バイトをそこそこやりながら、あとは遊んで暮らしてました。すいません、ちょっと自分を良く言おうとしちゃって。お恥ずかしい。
このころは幡ヶ谷のワンルームマンションに住んでました。いまもバンドを一緒にやっている(石野)卓球が笹塚に住んでいて、ちょうどその中間地点に練習ス
タジオがあったんです。当時はインディーバンドブームで、僕らも雑誌に取り上げてもらったりして、幾ら
か知名度はあるインディーバンドっていうようなポジションでしたかね。
仲の良い友達と始めたバンドだから面白かったですけど、僕は部活みたいな感覚でやってましたから、とうていそれで食っていくってことを思いつくはずもな
く、とくに将来のことも考えずに基本毎日ぷらぷらしてたんです。夢中でガチャガチャをやり過ぎちゃったり、CDをジャケ買いして失敗したのが痛いとかで、
明日の晩ご飯代がないみたいなことはありましたけど、そういう無目的な若者でもなんとかやれる土壌があったというか、都市の遊びの部分に上手くハマってた
んだと思いますけどね。
ただ21歳になるころ、インディブームからバンドブームみたいなものに変わっていって、僕らのバンドでやれることも飽和していたので、「人生」は解散した
んです。
当時はちょうどテレビで深夜放送が始まったぐらいのころで、よくバンドのPVが流れてました。「人生」を辞めて僕はもうバンド活動はしないと思ってたか
ら、それを見て、PVの監督になりたいなぁと思ったんですね。それで知り合いが紹介してくれて、バイトで四谷三丁目にある小さな映像制作会社に入ったんで
す。
そこは、地方のCMや企業の宣伝用の映像とか、そんなにメジャーじゃないバンドのPVを作ったりする
ような会社でした。20歳そこそこの小僧が見る世界としては、高価な機材とか目新しいものがいっぱいあるし、撮影の現場で「本番!」みたい
な感じがすごく面白かったですね。ただ会社が小規模なので、現場に付く下っ端が僕一人しかいないんですね。教えてくれる人もいないのに、現場はどんどん進
んでいくわけですから、とにかくしんどかったです。辛くて泣きましたもん。夜中に帰って、当時一緒に住んでた彼女に「仕事が辛い」つって「うぇーん」って
泣いて、その45分後には「仕事行かなきゃ…」って言ってたりとかね。
そこで働き始めてしばらくしたら、卓球から連絡があって「こんど電気グルーヴっていうユニットを新しくや
ろうと思うんだけど、お前もやんない?」みたいなことを言ってきたんです。なんでまた俺を誘うのかなと思ったんだけど、「良いよ。でもこれ
は完全に趣味で、部活みたいにやっていこう」って言って、電気グルーヴの活動を始めたんです。
それで2回目か3回目のライブを見たソニーの人から声をかけられて、呼び出されて新宿の寿司屋に行ったら「君たち、プロでやる気はないの?」って言われた
んです。そりゃ、やりますよね。だって、部活でお金くれるんですから。とは言っても、条件は月給10万円。ザッツオール(笑)。
ただこのとき、僕は、制作会社の人たちにはお世話になってるし、少人数の制作体制で自分が抜けることの意味が分かってました。かといって二足のわらじはと
うていムリですから、最終的には上司に「こういう話があって、すごく迷ってるんです」って切り出したんですね。そうしたら、「若いんだから、絶対音楽の方
に行った方が良いよ」って背中を押してくれて、それでデビューすることに決めたんです。僕個人としては「どうせこんなバンド、ポシャるだろうから(笑)、
まあ、3年ぐらいプロのミュージシャンの世界を見てきても、いま21歳だから24歳。まだいけんな」っていうのでデビューしたみたいな感じでした。だから
プロになったっていう自覚はあんまりなかったんですけどね。
すぐにレコーディングだってことで「マンチェスターとニューヨーク、どっちがいい?」って言われたんで
す。「さすがソニー。金持ってんなぁ」みたいな感じでマンチェスターに行くことにしました。昔から好きだったニューウェーブとかギターポッ
プみたいなものはマンチェスターのやつが多かったですからね。向こうに2ヶ月ぐらい滞在してファーストアルバムを作りました。当時「マッドチェスター」っ
て言葉があって、マンチェスターが狂ってた時期の後半で面白かったですね。ライブを見たりクラブに行ったりすると、イギリス人にもゆるいやつとかメチャク
チャなやつがいて、刺激はいっぱい受けましたね。まあ、こちらは21歳でなんも考えてないですからね。それはねぇ、そんなやつを自由にそういうところに行
かせたら、やっぱり何色かに染まりますよね(笑)。
電気グルーヴはふつうのバンドと違って、主要な旋律はだいたい機械が出してくれるわけですよ。だから練習よりは、ライブの日のテンションの方が大事だった
りするタイプのバンドだったんです。僕は楽器をやるわけじゃなくて、たまにマイクを持ってがなったり、まあ歌ったり、歌を間違えたり、歌わなかったりとか
もしますけど、ほとんどステージに出てフラフラしてるだけなんです。バンドって遊びの側面があるじゃな
いですか。僕の感覚としては、その遊びみたいなことをずっと続けてるのに近かったんですけどね。まあ客の盛り上がり加減を見ては「今日はも
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